いまさらですが
ケロログの方に新年のご挨拶をアップしました。
今年もよしなに。
使えるんですね。
気づいていなかったんですけど、ココログの更新ができるAndroidアプリココろいどはOS1.6まで対応していました。試しにIS01にインストールしてみました。ばっちり動いている感じです。
今からアップしてみます。これがIS01で使えると、ブログ更新ツールとしてかなり使えるんじゃないかな。
さっきちょっとテストしましたけど、Androidでココログを更新できるココろいどを見つけました。そのテストです。昨日もテストはPCのWindowsLiveWriterでのものでしたけど。
ココログの方はこのところもうすっかりほったらかしですけど、これはtwitterばかりやっているからというのに加えてAndroidにブログ管理アプリがないのが大きな理由でした。とはいいつつ実はちょっと前にniftyの公式アプリは出来てたんですけど、評価があまりに酷かったので導入しませんでした。
で、先日ふと思い出してマーケットで検索してみたらこのココろいどを見つけました。機能的には非常にシンプルで、原則投稿する事しかできません。勿論過去の投稿を読み込んで修正して投稿することは可能ですが、コメントやトラックバックの管理などはできません。
でも、投稿機能自体はしっかりしていて、リンクの自動挿入もできるし、画像のアップロードも勿論可能です。絵文字も使えます。下書きとして保存しておくこともできますし、投稿時間の指定もできます。スマフォ用アプリとしては必要にして充分。
これで少し手軽にブログにエントリする事はできそうです。あるいはtwitterに連投したものを纏めておくとか。あ、そうそう、ブログのエントリ時に自分のアカウントにお知らせツイートを送ることもできるみたいです。まだ設定していませんけど。
これでうまくブログが運用できるようなら、ツイートの設定もしてみようかなと思います。
さて、今後エントリが続きますかどうか?乞うご期待w でも、EVOのレビューぐらいは書きたいなぁ。今更の機種だけど、国内においてはやっぱりユニークな機種だし。
って、暇あるのか(^^;
昨日から、auやSBMの端末でもAtok for Android体験版を公式マーケットからダウンロードして利用できるようになりました。
ところがこの情報を知ってすぐにマーケットにアクセスしたときにはAtokが見つからず、ニュースをよく読んだらIS01が対応機種から外れていたので、てっきりIS01では利用できないものと思いこんで一晩はやさぐれていました(^^; でもひょんなことから機種制限ではないことに気づき、翌朝SIMを挿した状態でマーケットにアクセスしたところ無事にゲット。今はそこそこ快適に使っています。
やっぱり長年鍛え上げられた日本語入力システムならではの変換精度は、さすがの一言。qwertyキーボード内蔵のIS01では予測変換にほとんど頼る必要もなく、どんどん長文を入力していけば正確に変換してくれます。予測変換候補に引っ張られたりすることもなく、快適に自分の言葉で入力していけるのはとてもうれしい。
もちろん、予測変換自体はそれはそれで優秀で、縦持ちでタッチで入力する際などはそれこそ快適に入力をサポートしてくれます。しかしAtok自体はハードキーボード搭載機種に最適化していないようで、横置き時も予測変換候補はカーソル+エンターキーなどでは選択できずタッチが必要だったりします。もちろん、スペースバーで変換をかけた場合の変換候補はカーソル+エンターキーで決定できますし、スペースバーで採用する候補がハイライトされた状態で次の文字を入力すれば、その候補で決定して次の入力を受け付けてくれます。テーブルなどに置いてハードウェアキーボードで入力する場合は、本当にPCライクな操作性と変換精度で入力できます。ただ、現状横置きでもソフトウェアキーボードを消すことができないので、入力後のテキストの表示領域が半分適度蹴られてしまうという問題はあります。これはAtokの設定でキーボードのサイズを小さめに設定し、変換候補の表示を1行にすることでそれなりに軽減できます。
縦持ちでソフトウェアキーボードで入力するのにも、個人的にはqwertyキーボードがお勧め。というのも、テンキーのフリック入力やジェスチャー入力もそれはそれで悪くありませんが、やはり数字やアルファベットの混じったテキストを入力しようとするとどうしてもソフトウェアキーボードの切り替えをせねばならず、面倒くさい。
しかし今回のqwertyソフトウェアキーボードは、キーを下にフリックすることでアルファベットと同時にグレー表示されている数字や記号を入力できるのです。「後変換」という携帯の「英数カナ」変換やPCでのCtrl+POIUに相当する機能もあり、1枚のソフトウェアキーボードで全て入力できます。これって以外と珍しいはず。スマートフォンも液晶が大型化して、入力はテンキーとはいっても片手だけで操作も含めて完結できるものではありません。であれば、もう両手でqwertyキーボードを使って入力しても変わらないと思います。
今回qwertyキーボード内蔵Android端末であるIS01でAtokを使ってみて、その入力時の快適度はかなりアップしました。標準のiWnn for SHも変換精度はさほど悪くないものの変換候補の表示の仕方などが洗練されていなく、それに伴って縦持ち時にソフトウェアキーボードがピョコピョコ動いてしまってミスタッチを誘発するなどの問題がありました。そういった点もAtokで大幅に改善されます。
ただ、すでに少し書いたように今回のAtokはあくまでも汎用Android向けであって、ハードウェアキーボードへの最適化はほとんど進んでいません。もっともAndroidの中でハードウェアキーボード内蔵というのがすでにオルタナとなっている現状、逆にいうとそこはメーカーとの個別の事案になるような感じなのかもしれません。そういう意味ではカスタマイズドを宣うLifeTouch NoteでのAtokが楽しみではあります。
いずれにしてもIS01でのテキスト入力はかなり快適になりました。6月に正式版のリリースということですが、利用しやすい価格や形態でのリリースを希望します。
さて、今年も残すところ後十数時間。僕は今日も変わらず仕事場ですが、今日はさすがに午後は休むつもり。明日の元旦も、休めるようなら休みます。
そんな雪の大晦日、今年1年を振り返るエントリを少し。
このBlog的に一番大きなことは、やっぱり僕がtwitterに走ってしまってこちらの更新が激しく滞ったことw もともと忙しくなってきてなかなかBlogの更新ができないところにより手軽に使えるtwitterを始めたものだから、もうそっちばっかりになってしまいました。140文字を超える文章を書いているのも、なんだか久しぶりな気もします。
最近はtwitterの方も一時期のようにはやっていませんけどね。来年は、もうすこしこっちの更新もしたいなと思っています。年末から使い始めたモバイルWi-FiルーターやAndroid端末IS01についても、少しまとめて書きたいですし。仕事の合間を縫ってですけどw
そのモバイルに関しては、ほとんど1年を通じてHT-01Aで通しました。さほど不満もなかったし。逆にNTT側のプロトコルやポートの制限が緩和されたおかげで、以前より使い勝手が上がっている部分さえあります。OSではないものの、各種アプリもそれなりにアップデートされて使い勝手は向上しましたし。
でも、今月からIS01を使い始めて、やっぱりいいなとは感じています。ネットに関するアプリは、やっぱりAndroidの方が洗練されていますね。OS自体が常にネットワークにぶらさがっている前提で作られているからって言うのが一番大きいんだと思います。この辺は何をいまさらですがw 今後は少なくともネットアクセスはIS01+ルーターって言う組み合わせを中心に使っていきそうです。課題はPIMをどう言う形でAndroidに移行するかですね。
Androidを使い始めたって言っても、OSは1.6で時代には少し取り残されつつあります。でも、端末としてはIS01は非常によくつくりこまれた端末で、Sharpの長いPDA作りの歴史の一つの到達点かなぁとも思います。それが、ちょっとした理由でOSのバージョンアップができず、けちょんけちょんに叩かれているのは少し残念。
ただやっぱりこれはスマートフォンらしく使うのは少し厳しいと思うので、おそらく今のメイン回線と従来使っていたデータ定額回線の2年縛りが切れる来年5月に、音声通話用の端末に関して少し動こうかと思っています。そこでもう一度回線を整理して、従来月に1万円前後かかっていた携帯料金を、6~7千円程度に抑えられればと画策中。もっとも、この12月の工作で2月からは8千円程度には抑えられる予定なんですけど。
まあtwitterではモバイルの話や政治の話、法律の話といろいろやってますが、それは来年も変わらないと思います。もうすこしプライベートなところも出していければとも思いますが、その辺は匙加減が難しい。ボチボチやります。
それでは皆様、今年もお世話になりました。来年もよろしくお願いいたします。良いお年をお迎えくださいませm(_ _)m
先日千葉法相による死刑が執行され、にわかに日本の死刑制度が脚光を浴びました。こういう表現は少しおかしい気もしますけど。しかし、死刑制度というのは社会を法の元に維持運営することにおいて非常に重要な問題をはらんでいます。そのことについて、思うところを少し。
実は先般の死刑執行後すぐにこのテーマで書き始めたのですが、超大作になってしまいそうだったので新たにかいつまんで書き直しています。
僕は個人的には死刑制度維持派です。理由はタイトルにも匂わせましたが、死刑制度というのは人権というものを維持していくために必要なものだと思っているからです。その人権とは誤解を恐れずにいえば殺人犯の人権ではなく、それ以外のすべての人々の人権です。
僕は人権というのは基本的人権や自然権といわれるようなものを含めて全てフィクションだと理解しています。社会契約的な相互の不可侵の履行によってしか守り得ないものだと理解しているのです。その証拠にもっとも基本的で天与の自然権とまでいわれる生存権や自由権すら実際には簡単に侵害されてしまいます。
ですので、社会の構成員としての基本的な義務である他者の基本的人権を侵害しないということを破り他者の生命を奪った殺人犯は、その人権を他者から守られる根拠をすでに喪失していると考えます。死刑反対派は常に殺人犯の人権をその根拠として死刑に反対しますが、僕は殺人犯に人権があるとは上の理由からとても考えられません。
同時に、そういった基本的な契約を守れない人は事後のリスクも考えれば社会から排除しなくてはなりません。その一つの方法が死刑であり、もう一つが終身刑や無期懲役などの禁固刑です。しかし終身刑や無期懲役は行政機関による殺人犯の生存権の保証に他ならず数十年という禁固期間のコストも考え合わせれば、被害者やそのコストを負担する我々からすれば理不尽と言ってもいいものです。上に書いた通り僕は殺人犯の人権を認めていませんから、そもそも人道的に対処する必要が思い当たりません。
欧米各国を中心に死刑廃止論が強いのは、自然権の根拠である自然法の法源を神に求める思想が根付いているからだと思います。人々の命や基本的人権は神によって与えられたものであり、人が作った法によって奪うことは神への冒涜であるという思想が根底には流れています。表には出てこなくても、西洋人の思想はキリスト教に強く影響されています。それは我々日本人の思想が仏教や神道的な思想からなかなか切り離せないのと同じことです。
実のところ、日本仏教的に考えれば死刑というのはそれほどひどい刑罰ではないと思います。死刑で罪を背負って死んだ人はまたそれなりの存在に生まれ変わり、その業を背負い償いながら生まれ変わり死に変わりし続けます。今生の生を終えるということは仏教においてそれほど重大な出来事ではありません。もっとも、それが真に釈迦が説いた教えに沿っているかはまた別の話ですが。
少し話が逸れましたが、基本的人権という考え方自体16世紀のホッブスによって確立されたまだ400年程度の歴史しかない考え方です。僕自身基本的人権という思想を否定する気はもうとうありませんが、これは時代や地域を超えた普遍的な真実かというと全然そんなことはないのです。
社会の構成員の大多数の基本的人権を守って社会を維持/運営していくのには不断の努力が必要だし、綺麗事だけでは済まないのです。それは人権という思想が社会をよりよく、幸せに運営していくために我々人類が考え出したフィクションであるからに他なりません。そしてそのフィクションを維持していくためには、そのフィクションを維持することに過度に非協力的な人物は排除する以外にないのです。
と、つらつらの理屈を書いてきましたが最後に、西欧を中心とする死刑反対/死刑廃止国家の多くの国々では、日本で死刑執行される人数よりもはるかに多い人数が警察などによって射殺されるなどで命を奪われていること。そしてその中には無実なのに殺されてしまっている場合も少なくないことを申し添えておきます。
昨日大きな話題となった千葉法相による死刑執行。本来死刑執行の命令は法務大臣の職務であり、何ら責められるはずのものではありません。しかし、死刑は今世界的に廃止の流れにあり、千葉法相自身が廃止論者であり廃止議連に名を連ねていたことなどもあって物議をかもしています。
しかし個人的には、個人の心情や議員としての死刑廃止に向けた活動と、法務大臣としての職務の遂行は分けて考えるべきだと思います。最初に法務大臣となるときに自身の任期中は死刑を執行しないと考えていたならば、そちらの方が問題です。もちろん犯罪者とはいえ人の命を奪うわけですから逡巡があり今のタイミングとなったのでしょう。というより、先の参議院選で落選して菅総理に法相を辞する意向を伝えたのちの留意で続投した以上、逆にこれ以上執行を伸ばすことはできないと考えたのではないかと思っています。
今回の死刑執行を千葉法相の保身やパフォーマンスなどと政局がらみで解釈しようとしているマスコミやネットの論調を見ます。しかし先にも書いたように一旦辞意を表明し、9月の民主党代表選後の組閣時には法相を辞し政界を引退することも表明している現状で保身というのはあまりに不自然な解釈です。またパフォーマンスと言っても以前鳩山邦夫氏が法相であったときに死刑執行を連続してマスコミに酷くののしられたことを思えば、死刑執行をパフォーマンスすることによって何かメリットがあるとは到底思えません。メリットのないパフォーマンスなどあり得ません。
何より、自らの執行命令で行われる死刑に立ち会ったということは特筆されていい。これは自らのサインで人の命が奪われる現場に居合わせるということで、並み大抵のことではありません。死刑に立ち会った法相というのも、どうやら初めてのようです。この行動は死刑廃止論者ながらも現行法上の職務として死刑を執行した法相の行動としては非常に重みがあります。
この行動すらパフォーマンスと揶揄する声もありますが、一体日本はどうなってしまったのかと思います。ジャーナリストの江川紹子氏も何度もtweetsされたように死刑執行にパフォーマンスで立ち会えるとは到底考えられない。想像力のなさというか、その鈍感さというか。日本は一体どうなってしまったんだろうと思います。
今回の死刑執行は、そういう意味では本来大きなニュースになるものでもないはずなのです。もっとも、死刑廃止論者の千葉法相としては、この件がニュースとなり批判されて死刑廃止の方向に話が進むことを望んでいるのかもしれません。もちろん、そのために死刑を執行したとは到底思えませんが。上に書いた話も含めて、そういった何か別の理由で死刑を執行するなら、一人で十分なはずですし。
しかしこれをきっかけに法務省内の検討グループの立ち上げや世論の吸い上げなど、死刑のあり方そのもに関する議論は活発になると思います。それ自体は非常によいことです。もっとも、個人的には死刑廃止論には与しないので注意深く観察する必要があると思っていますけれど。
いずれにしても、民主政権であればこそこういった非難も含めて様々な議論が噴出して日本が少しずつ変わる胎動を始めているような気がします。鳩山氏の時にはマスコミが口汚なく罵ってそれでお仕舞でした。自民党時代はずっとそうだった。皆文句は言うけど事態は一向に動かない時代が長く続きました。民主党政権になって良くなっていることばかりではありませんが、日本全体が近く変動を始めているのは事実です。
政権が交代したからって、半年や1年で革命的に社会が良くなるわけではありません。しかし、まったく動かない閉塞した社会よりはヨロヨロしながらも動き出した社会の方がよっぽどましです。少なくとも自民党が旧来の自民党から完全に脱皮するか、新しい勢力による2大政党政治が見え始めるまでは民主党に頑張ってもらわなければなりません。今の自民党に過去をほっかぶりしたまま、また政権をとらせるなんてまっぴら御免です。
もっとも、菅総理とその周辺が思った以上に頼りないので暗澹たる思いもありますが。とにかくしばらくは国政選挙はないので、落ち着いて国の運営に当たってください。政権運営じゃなくて国の運営にね。
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